Hな隠語と漢字の話【その1/2】

ある日、カミさんが「うなぎ屋の老舗がある所は昔からの繁華街だったってことだよね?」と言ってきた。

やはり知らないのか〜、って言うか、それが一般的な認識だろう。
うなぎ屋の老舗がある所は、昔、花街だったんだよ。
「うなぎでも喰いに行こう」とは、「女を買いに行こう」とほぼ同義語で、うなぎを食って精を付け、花街へゴー!だった訳だ。

こう言ったことは、歴史の教科書にも国語の教科書にも書いていない。
Hな隠語の世界の話。
昔の人は、語学、朱子学を通じて共通認識があったので、大体で通じていたわけだけれども、現代では一人一人価値観が違うのと西洋式の学習なのでほとんどの人が知らないんじゃないかな?

ゴルフに行った中年オヤジが「この後、19番ホールでも責めますか?(^□^*)がははは…」なんてやっているのは、ただのオヤジギャグ。
漢字や言葉そのものに表と裏の意味があって、かつては、その知識を日本人全員(漢字は中国人も?)が共有していたんだよね。

例えば、桃太郎のお話。
桃太郎を十二支で説明したのは結構あるよね?
(鬼は鬼門の丑虎、牛の角と虎のパンツが象徴。対して、猿、キジ、犬の家来は、申酉戌。)
でも、何でそもそも桃なのか?

実は桃とは、女性のお尻の象徴。
転じて、生命の源、根源と言う意味合いがある。

ちょっと前までの日本人なら、当たり前の様に持っていた知識、感覚です。
中国でも理想郷として「桃源郷」と言う記述が出てくるが、同じ意味合いで使われているのだろう。

日本神話でも、こんな逸話がある。

イザナギが死んだイザナミに逢いに黄泉の国まで行った時のこと。
襲い掛かってくる醜く腐ったイザナミをかわす為に、イザナギが色々なモノを投げつける。
最後に「桃」を投げつけた時に、絶叫と共にイザナミは黄泉の国に逃げ戻っていく。

ここでも「桃」が出てくる。
この逸話に関しても、生命の象徴で、ゾンビを迎え撃っている。

なので、「鬼」と言う死の象徴に対して、生命の象徴である「桃」をぶつけるのは当然。
桃太郎といった時点で、この辺の感覚が昔の人の頭には浮かんでくる。
桃源郷といった表現に、生命が満ち溢れる様子が中国人の頭の中に浮かんでくるんだよね。

これはもう現代には通用しないのかな?
改めて学問として教えていかないとイケナイのかも。

→ Hな隠語と漢字の話【その2/2】へ続く・・・  

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