杜子春

中学の頃、芥川龍之介の「杜子春」を読んで、「あの時もし声を出さなかったら、お前を殺していた。」と仙人が言う場面で萎えた。
極めて日本的なお涙頂戴の人情話に落ち着いていたからだ。
本場の中国はもっと違う話(道徳観)だろうと思った。
(実は後日、本場の中国の話を聞いて、更に驚いた。その話は、またの機会で。)

仙人になろうとする人間が、ちょっと情にほだされたぐらいで、声を上げるなんて。
仙人になるなら、親がどうなろうと心が動いてはいけないのではないか?
総理大臣が、母親を人質に取られて、国家の行く末を誤るか?
あそこで声を上げるなんてのは、杜子春は仙人の器ではなかっただけの話だよ。

当時その話を母親にした。
彼女もオレと同じ意見だった。
さらに彼女は、「男子が夢を実現させようとする時に、親の心配なんかしなくていい。子供の夢の為なら、親は喜んで犠牲になるモノだから。」と続けた。
「その程度の夢なら、男子一生の夢ではない。」とまで言い切った。
出来た母親だ。
喜んで犠牲にさせて貰おうと思った(笑)。

顧みて、今はどうだろう?
親に関しては今でも考えは変わらないけど、カミさんが鞭打たれたら?子供だったら?

子供が鞭打たれていたら、声を上げちゃうだろうなぁ。
と言うことは、守りに入ったのかなぁ?

いや、違う。
親になったんだ!
子供の夢を試す為に、畜生の姿で鞭打たれる側になったんだよな(ノД`)。
だとしたら、喜んで犠牲になれるよ。
あの時の母親の気持ちが理解できた。

だけど、ウチは2人とも女の子だからなぁ。
(¬ε¬)
思わず声を上げちゃうぐらいがいいのかな?

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